奨学金と家賃で毎月カツカツでした

私が借金をする様になったのは、大学を卒業して社会人になってからです。 就職活動が上手く行かず内定をもらうことができなかったので、大学時代から働いていたアルバイト先でそのまま働くことになりました。 私は大学に通う為に奨学金も借りていて、学生時代は両親に払ってもらっていた家賃を社会人になってからは自分で支払う様になってからは毎月のアルバイト代だけではカツカツの状態でした。 地方で生活していればまた違ったのかもしれませんが、社会人になってからもそのまま東京にいたいと思っていて、今思うとよくわからないのですが生活が苦しくても何故か東京にしがみついていました。 両親からは地元に帰ってきたら?と言われていたのですが、あの頃は東京の楽しさから離れることができなかったのでしょうね。 一応バイト先ではバイトリーダーを任せられていたので、そこまで毎月の給料の増減が激しいということはなかったのですがやはり正社員と比べると額は少なく、毎月13万円程しか収入がありませんでした。 そこから奨学金2万円と家賃を7万円払っていたら残りは4万円しか残らない。あの頃は友達の誘いも全て行っていたので、貯金なんかできるはずもなくむしろマイナスでした。

お金がないと心の余裕が無くなって、物で満たす様に

お金が無いとむなしくて逆に物が欲しくなってしまい、服や生活周りの雑貨は全てクレジットカードで買い物をする様になっていました。 クレジットカードも何枚か持っていたのですが全て限度額いっぱいになってしまい、何枚もカードを使っていた分毎月の返済にも首が回らなくなってしまっていました。 そこからカードでの借金を返済する為に消費者金融でお金を借りてそれを借金の返済に回すという、まさに自転車操業に陥ってしまっていました。 その時の毎月の返済額はカード全部合わせて10万円近くになっていたと思います。 今思えば家賃と奨学金と合わせて、どうやって返済してどうやって生活していたんだろうと不思議になるぐらいですね。まあ消費者金融で借りるしかなかったのですが。

大学時代の友人に相談したことが借金問題解決への一歩

いよいよ消費者金融からの借金も限度額に近づいてきていて、新しく他から借りることもできないという状況に陥った時、債務整理について調べる様になりました。 両親にはやはり心配をかけたくないという思いから相談できなかったのですが、大学時代一番仲良くしていた友達とは何でも話せる仲にあったのでその友達に相談しました。 最初はやはりびっくりしていましたが、今のままでは絶対に良くないということで、一緒に無料相談行ってみる?ということでした。 ここまで協力的だったのは友達が法学部だったのでそういった分野に興味があったからだと思います。 誰かに相談できたことでかなり気持ちがすっきりしましたし、一緒に弁護士の無料相談に行ってもらえたことはかなり心強かったです。

債務整理の中でも自己破産を選んだワケ

無料相談では弁護士の先生にも「もっと早く誰かに相談できていれば良かったね」と言われました。 任意整理で考えていたのですが、任意整理では毎月の返済額があまり変わらなそうだったので、自己破産を勧められました。 任意整理をしても毎月の返済が大変で結果的に自己破産をする人は多いんだそうです。 自己破産というワードに自分自身かなり自己嫌悪に陥りましたが、このままいつまで借金地獄に追われるんだろと考えた方がぞっとしたので、先生の指導と友達の後押しもあって自己破産することにしました。

自己破産手続きは難しいことはない

自己破産の手続きはどこからどれだけ借金をしたかに向き合わねばなりませんし、通帳のコピーや毎月の家計簿などの書類を提出しなくてはなりません。 自分のお金事情に真正面から向き合うことになるので最初は勇気が要りましたが、先生も慣れているので「なんでこんなに借金したの!」とかって叱ったりもしません。むしろあっけないぐらい淡々と、でも着実に進めてくれます。 各カード会社に履歴を取り寄せたり先生と一緒に書類を作成したりと時間もかかり、その間はちゃんと自己破産できるのか毎日不安でした。 時間はかかりましたが自分が不安に思っていた様なことは一切起こらず、意外とすんなり次のステップに進んで行くことができたので良かったです。

自己破産後の気持ちの変化

やっと全ての手続きが終わって裁判所からの免責が降り、先生と最後に会った時は本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。 自己破産をすると借金の返済義務は無くなりますが、借金がゼロになって嬉しいという気持ちよりも、迷惑を掛けた分これからもっと頑張らなくてはいけないという気持ちでいっぱいでした。 再スタートの後押しをしてくれた友人にも感謝しかありません。 誰かに相談するまでは本当に勇気が要りますが、一度相談してみると気持ちが軽くなった時の感覚は今でも忘れられません。